いすゞ自動車の117クーペは1968年に発売された4座スポーツカー。「いすゞは無個性な車はつくらない」という当時のキャッチコピーそのままに、フロントグリルに輝く唐獅子のエンブレム流麗なスタイルで、1981年まで長らく同社のフラグシップを務めた。フローリアン(コードネーム:117サルーン)のクーペ版として企画された開発コード番号が車名の由来。シャーシ、ドライブトレーンをフローリアンと共有する。
出典:wikipedia
コンセプト・デザイン・パッケージ・スタイリングは「カロッツェリア・ギア」に委託。当時のであったジョルジェット・ジウジアーロ(チーフデザイナー)が担当。(ジウジアーロとの関係は彼がイタルデザインを立ち上げた後も続いた。)また、日本初電子制御燃料噴射装置搭載や発売開始以来の10年間に1台も廃車が出なかったとの業界記録を持つなど、数々の逸話を持つ。総生産台数は86,192台。
20世紀を代表する自動車デザイナー。初代フォルクスワーゲンゴルフから、バック・トゥー・ザ・フューチャーのデロリアン DMC-12等数々の名車のデザインを手掛けてきた。ベルトーネやカロッツェリア・ギア経て、1968年にイタルデザインを設立。7マセラティ・メラクやロータス・エスプリをはじめ、数々の名車を世に送り出したことでも有名である。
117クーペ中古車価格
117クーペの中古車価格は、2016年10月現在で77.3万円~199.8万円です。
10年間生産されたクルマなので、値段もコンディションも様々です。特にハンドメイドと呼ばれる初期型モデルは、生産台数も少ないためプレミア価格となっています。
117クーペ関連サイト
販売サイト
メーカーのサイト
117クーペオーナーズクラブ
・117オーナーズクラブ 117クーペの長期維持を目的に全国的に活動する団体
支部
北日本支部、関東支部、中部支部、関西支部、中四国支部、西日本支部
活動内容
- ツーリング&ミーティング
- 会報、情報誌による情報交換
- 整備講習会
- オリジナルパーツ製作:入手困難なパーツ専門業者と連携して製作
- パーツストック:解体車の確保。解体車から取り出した部品をパーツセンターで管理
- クラブグッズ:Tシャツやウインドブレーカーなど製作
117クーペオーナーのサイト
- 117クーペの旧車を探す
- 117History カタログ、エンジン・外装内装・グレードの変遷、いすゞ技報の関連記事
- chechechet 117クーペの購入からレストアの記録。
- Kanno’s 117 Coupe Page 177クーペの時計修理。イベント参加記録
117クーペの評価・レビュー
試乗動画
いすゞ 117クーペ(前編)-商品概要紹介
いすゞ 117クーペ(後編)-試乗インプレッション
評価
グーネットの口コミ
http://www.goo-net.com/php/car_review/detail_list.php?car_cd=10601001
117クーペの広告
テレビCM
1978年の117クーペTVCM(スターシリーズ登場)
広告写真
キャッチコピー「クーペ・ド・エレガンス」「無用な豪著を排し、必要な贅沢を尽した車。たぐい稀な美しいフォルムが語る格調と気品。」「集まれ!スポーティ家族」
http://minkara.carview.co.jp/userid/232669/blog/29599046/
117クーペの型式
- 1.6Lガソリンエンジン車:PA90(電子制御車PA90E)
- 1.8Lガソリンエンジン車:PA95(電子制御車PA95E)
- 2.0Lガソリンエンジン車:PA96(電子制御車PA96E)
- ディーゼルエンジン搭載車:PAD96
いすゞ117クーペの歴史
1966年3月:プロトタイプ発表
1966年3月:プロトタイプ「ギア/いすゞ117スポルト」ジュネーヴ・モーターショーで発表。コンクール・デレガンスを獲得。(国際自動車デザイン・ビエンナーレでも名誉大賞を受賞)
第1期(1968-1972年)ハンドメイド丸目
出典:wikipedia
ハンドメイドモデル、ハンドメイド117
プロトタイプの生産化にむけての再デザインがジウジアーロ自身の手で行なわれたが、コンセプトカーとしてデザインされた117スポルトを市販車とすることは困難を極めた。当時のいすゞの製造技術では外板をプレス機で再現することは難しく生産工程の大部分を手作業とすることとなった。このため初期モデルの117クーペは「ハンドメイド・モデル」「ハンドメイド117」と呼ばれている。
販売価格172万円
月産台数も30-50台の小規模生産体制のため、販売価格172万円と当時としては非常に高価なものとなった。現在の金額に直すと800万円以上すると言われている。
ボディカラー
- 標準色
アストラルシルバーメタリック
プリムローズイエロー - 特別オーダー:他のいすゞ車に使われているカラーを選択可
エンジン
- いすゞ初量産DOHC1600cc:G161W型エンジンを新規開発
- 1970年11月に電子制御燃料噴射装置搭載モデルと1800cc(正確には1,817cc)ツインキャブレターSOHC追加
- 電子制御インジェクションは日本初装備
出典:wikipedia
内装の特徴
- 上質な発泡レザートリム
- 台湾楠のウッドパネル
- 熱線プリントを排したすっきりとしたリアガラス
- ダイヤルで開閉できる三角窓
- センターコンソールに配置したクーラー
出典:wikipedia
総生産台数
1968-1972年の3年間の総生産台数は2,458台
第2期(1973-1976年)量産型丸目
出典:wikipedia
1971年:GMと提携
GMからの資金と技術の習得により、機械によるプレス成型のめどが立つ
1973年3月:量産化対応の改設計で生産開始
機械によるプレス成型によりハンドメイドの生産は中止し、本格的な量産化にあわせてコストダウンも行った。
120万円台まで価格が下がり、以前よりは手が届きやすくなった。
グレード名
- XE:電子制御DOHC車
- XG:SUツインキャブレターDOHC車
- XC:ツインキャブレターSOHC車
- XT:シングルキャブレターSOHC車
エンジン
無鉛ガソリン対応の1800cc(140ps/6,400rpm)エンジンに統一。
初期型からの変更箇所
- 前後パンパー:厚みを増した流線型に
- フロントウインカー:バンパー上から下に移動、レンズ色をアンバーに
- フロントグリル:横バー廃止。唐獅子エンブレムをグリル中央に装着
- フェンダーミラー:クロームメッキの砲弾型から樹脂製の角型に変更
- リアクォーターパネル:117coupeロゴの入ったリフレクター装着
- リアコンビランプ:大型横長タイプに変更
- ナンバープレート:リアコンピランブ間からパンパー下に移動
- タイヤ:14インチから13インチに変更。地上高が低くなった
- シート:ビニールレザーに変更(最上位グレードXEのみモケット張り)
- 三角窓:開閉をダイヤル式から一般的なもの変更
- ハンドルとシフトノブ:ウッドから軟質樹脂製へ変更
- センターコンソール:樹脂一体成型化。レザー貼り省略
- トランクオープナー:廃止
1975年:自動車排出ガス規制
- 自動車排出ガス規制によりエンジンが130ps/6,400rpmへと出力ダウン
- 1975年10月、規制適合が困難なXGグレードは廃止
第3期(1977-1981年)角目四灯
出典:wikipedia
1977年12月:マイナーチェンジ
- ヘッドランプ:角形4灯に変更
- 小型のチンスポイラー装着
- 前後バンパー:ラバーで被う
- 各部ガーニッシュ:ブラックアウト
- 内装:プラスチック成型物多用
- 後席用の灰皿:廃止
- XG復活(スポーティーモデルとの位置づけ)
1978年11月:排気量2000ccに拡大
自動車排出ガス規制によるパワー低下をを補うため、排気量を2000cc(1,949cc)に拡大。
「53年規制適合」モデルは「スターシリーズ」と言う。
1979年12月:ディーゼル車発売
2200cc(2,230cc)ディーゼルエンジン搭載のXD発売
1981年:生産終了
1981年生産終了。ピアッツァが後継車として発売される。
特別限定車
XC、XD、XEの豪華仕様版のXC-L、XD-L、XE-L。ジウジアーロカスタムが存在する。
未発売の試作車
- 117クルーザー(117Cruiser):第19回東京モーターショーに出品したスポーツワゴン
- その他検討されたモデル:ハードトップ、4ドア
いすゞ117クーペのスペック
販売期間 | 1968年 - 1981年 |
デザイン | カロッツェリア・ギア |
乗車定員 | 4人 |
ボディタイプ | 2ドアクーペ |
エンジン | G180WE型 1,817cc 直4 DOHC 2V |
駆動方式 | FR |
最高出力 | 140ps/6,400rpm (1975年10月以降の51年規制モデル: 130ps/6,400rpm) |
全長 | 4,310mm |
全幅 | 1,600mm |
全高 | 1,310mm |
ホイールベース | 2,500mm |
車両重量 | 1,075kg |
路上最高速度 | 195km/h |
備考 | 1973年型1800XE(量産丸型4灯)のデータより |
後継 | いすゞピアッツァ |